後三年の役(ごさんねんのえき)
2015年 10月 04日
秋田県横手市の「平安の風わたる公園」です。
この「雁がね橋」が素敵でここまで来ました。
「平安の風わたる公園」は後三年の合戦の古戦場である西沼を中心に、
平成3年に作られた歴史公園です。
後三年の合戦って?と無知な私はそこから色々調べると
何だか記憶にあるような…
NHK大河ドラマ『炎立つ』(ほむらたつ)は1993年7月から
1994年3月まで放送され、平安時代末期の
東北の歴史を描いたドラマです。
三部構成になっていて、第二部「冥(くら)き稲妻」では
後三年の役がテーマでした。
放送当時は東北の歴史にあまり興味が無かったので、
いつになったら歴史的有名人が出て来るのだろう?と思いながら見ていて
結局第三部の奥州藤原氏になるまで知っている名前は
出て来ませんでした。
そんな私なので色々調べてもよく解りません。
後三年の役を詳しく知りたい方、こちらからPageからどうぞ↓
「後三年の合戦って何だべ」
http://www.geocities.jp/ishishin10/kankou/yokote5/history.html
「後三年の合戦金沢資料館」は「平安の風わたる公園」からは
少し離れた場所にあります。
大昔の戦いという事で、この時点でもそれ程興味は持っていませんでした。
「後三年の合戦金沢資料館」では、
スタッフの方が詳しく解説して下さいました。
(ありがとうございます)
現代の大手企業や団体、今の政治の世界と似ている所があり、
だんだん興味がわいてきました。
興味をひいた点をまとめると
ポイント1:領地争いではない!
合戦というと領土を争うイメージが強いですが、
平安時代は荘園制度で地方豪族が領地を持っていたわけではないので
領地争いではない。
どちらかというとポスト争い。
ポイント2:トップは出向者
陸奥国のトップは陸奥守で中央(京都)から任命されます。
現代でいうと出向です。
出向先で実績を上げれば、中央に帰ってから出世できます。
争いが起こり、それを鎮圧したとなれば高いポイントを得ることになります。
そのために、わざと争いが起こるように仕向けたりしたのです。
ドロドロです。
前九年の役と後三年の役は
権謀術数渦巻く戦いなのです。
ポイント3:なぜ横手が戦場?
後三年の役は、一言で言ってしまうと清原氏の兄弟喧嘩です。
主要登場人物はほとんど陸奥国(岩手県等東北の太平洋側)在住。
それが何故隣の出羽国(秋田県等の東北日本海側)
横手が戦場になったのか。
家衡が出羽国在住の叔父を頼っていった為、という説が有力なようですが
戦場になった出羽国には当時の資料が何も残っていないのだそうです。
出羽国としたら「自分の所でやってくれよ~!!」ってなもんです。
ミステリーですよね
(戦場は横手ではなかったという説もあるそうです)
解釈が間違っていたら教えて下さい。
解釈どころか根本的に間違っている場合も教えて下さい。
(日本史とっていなかったもので…すみません)
説明を聞いてワクワクしながら「金沢の柵(公園)」に向かったのに、
公園入口でゲリラ豪雨に見舞われてしまいました
周囲に雨宿りする場所は無く、止む無く「金沢の柵(公園)」の観光は
断念しました。
残念!!!!
次は「金沢の柵(公園)」を満喫するぞ~!!!
by sho_2015
| 2015-10-04 12:48
| 行ってきました♪
|
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